「想いと願いと」
*軍隊の設定とかはフィクションです。嘘っぱちです。
エリカちゃんの夢の中だから、ということでご了承下さい;
「俺、軍隊に…空軍に戻れることになったんだ」
目の前の軍服を着たニクスがそう言った。
表情は喜びに溢れているようだった。
何時も斜に構えいた目線は真っ直ぐエリカを向き、紅い瞳は幸せそうに細まっている。
「そうなんだ、おめでとう!」
エリカもその目を細め、笑顔で答える。
「だから───」
一変、ニクスの顔が翳った。
「もう、一緒には居られない」
「──え?」
エリカの表情が固まる。
「戻れば寮で生活することになる。表に出れる事は滅多にないし─」
「…」
「だから…すまない」
気まずい沈黙が流れる。
「…仕方ないよね、ニクスの夢だったんだもん!」
エリカは笑顔でそう返した。
「あたしは、大丈夫だから…」
造り過ぎた笑顔が痛々しかった。
ニクスはエリカから目線を外し、俯いて最後の言葉を彼女に投げ掛ける。
「─さようなら」
「うん…さよなら」
─ホントウニ、ダイジョウブナノ?
──ホントウニ、サヨナラナノ?
「本当に── …」
窓から射し込んだ朝日の光を顔に受け、その眩しさでエリカは目を覚ました。
状況を掴めず、ゆっくり起き上がって目を擦る。
身体から滑り落ちたシーツをぼんやり眺め、自分が裸体である事をその日初めて認識し、慌てて再び布団の中に潜り込んだ。
隣には豪快に眠る何時もの顔。何時もの逞しい身体。
先ほど目の前に居たニクスそのものだった。
「─ゆめ、だったの…」
射し込む朝日は少しずつその範囲を広め、ニクスの髪にまで到達している。
朝日に金髪の光を踊らせる彼の髪に、エリカは自分の細い指を絡ませる。
「─金髪って良いよね」
前にニクスにそう言った時、んなこたねぇよ、と軽く返されたが、やはり憧れてしまう。
染めればいいじゃん、とも言われたが、エリカは髪を染める行為はあまり好きではなかった。
「純粋な金髪だから、綺麗なんだよ?」
素直にそう褒めたら、仏頂面でそっぽを向いた─その頬は少し赤かった気がする。
「もう少しセットすれば良いのに」
そう言ったら、俺はナチュラルなのが好きなの、なんて答えたりして──
『さようなら』
先ほどの夢を忘れようと、何気なくも楽しい会話を思い起こしていたのに…
ニクスの声色を思い描けば描くほど、夢で聞いた最後の言葉が鮮明に思い出されてくる。
「──大丈夫なんかじゃない、さよならなんて、やだよ…」
夢で言えなかった、本当の想いが言葉になって溢れてきた。
昔から時折、エリカの胸に去来する心に穴の開いたような虚無感。何かが足りない、心の隙間。
─これ以上、広げたくない…大事なものを、手放したくない。
奥から熱く込み上げて来る悲しみとも不安とも言える波にエリカは耐え切れず、いまだ眠っているニクスにしがみ付いた。
そうでもしないと、押し潰されてしまいそうだった。
「──エリカ?」
流石に目を覚ましたニクスは、エリカのただならぬ様子に驚きの声を上げた。
「何だよ…まだ足んないのか?昨日あんなに──」
何時もの調子でからかってやるつもりだった。
昨夜の情事を持ち出せば、何時もの通りに真っ赤になって、可愛らしい罵倒を自分にぶつけて来ると思っていた。
エリカから返って来たのは、唐突な唇付けだった。
唇が触れたかと思うと舌を差し入れ、深く、奥まで貪るような、彼女のものとは思えない強引な唇付け。
「──エリカ、おい…」
唇が離れてもエリカの行為は終わらず、そのままニクスの首筋、鎖骨へと唇付けていく。
「どーしだんたよオマエ…止めろよ、朝っぱらから勃っちまうだろって…いや、イイケド」
エリカの行動の意図が読めずに、ニクスは次第に混乱してきてしまう。
「…夢」
「は…?」
エリカの動きは止まったが、顔は伏せたままだった。
「夢見たの。ニクスが居なくなっちゃう夢」
「ふぅん…どんな?」
問われた彼女は、今朝見た夢をニクスに告げた。
「── …うゎ…ありえねぇよそんな話…」
「…そうなの?」
「だって、上司から切られたんだぜ?戻れるわけ無いじゃん」
「…」
「だから安心しろ、たかが夢で…」
「でも…」
未だ不安顔の消えないエリカをたしなめる様に、ニクスは彼女の頭を撫でる。
「悪夢見たと思って忘れろよ、な」
「…悪夢だなんて…」
「?」
「悪夢だなんて、思いたくないよ…だって」
エリカは真摯な眼差しでニクスを見つめる。
その目の中には祝福と不安と寂しさと──色々な感情が入り混じっているように見えた。
「だって、ニクスの夢が叶った夢だったんだから…悪い夢になんて、したくない」
己の感情を押し殺して、それが例え夢の中の話だったとしても──祝いの言葉を送ったエリカの強さ。
押し込めた感情を抑え切れず、ニクスにすがり付いた彼女の弱さ。
そして、ニクスの願いが叶った夢を悪夢にしたくないと言った彼女の優しさ。
ニクスには、そんな彼女の全てが愛しくて仕方が無かった。
「優しいな、エリカは」
そう言って撫でていた手で軽く、彼女の頭をポンポンと叩く。
泣く子供をあやす様なニクスのその行為を、エリカはあまり好きではなかった。
けれど今はなぜか、心が安らいでいくのを感じていた。
「…なぁエリカ」
「なに?」
「今度、また同じ夢見たら─」
「見たら…?」
「俺は、さよならとは言わない。連れて行くさ、無理矢理にでも」
END