「気付いてよ…」
一日のデートの最後のひと時。
士朗とセリカの二人は、小奇麗に片付いた士朗の部屋でその時を過ごしていた。
向かい合って座り、他愛の無い話をしながらお茶を飲む。
それだけでもそのひと時は楽しくて、二人は時間を忘れて話し込んでいた。
──でも。
セリカには、今日の朝から心に決めていた事があった。
いつまでも発展しない士朗とセリカの関係。
いつだかエリカに、ポロッと愚痴のようにこぼしてしまった事があった。
「…ッええぇッ?!まだキスもしてないの?!」
「う…うん…。何だか全然そんな感じの雰囲気にならなくて…ご、ごめん」
何故だか急に申し訳なくなってしまい、セリカは思わず謝ってしまった。
「なんでセリカが謝るのよ〜!…士朗のヤツ、ホントに鈍いんだから…」
「ち、違うの、その…」
一言言ってやるか、という様子のエリカに、セリカは慌てて弁明する。
「士朗君が、とかじゃなくて…あたしが、怖がってるだけなの」
「怖がってる…?」
「自分で何か動かして、今の状態より悪くなったらと思うと…」
「セリカ…」
「気まずくなって会えなくなるくらいなら、今のままでも良いと思ってるの」
言ってセリカは寂しげに笑った。
「でもセリカ、もしかしたら…士朗も、そう思ってるのかもしれないじゃない?」
「そう…かな…」
「そうかもしれない、って事、覚えておいた方が良いよ」
慰めを含んだエリカの声色は優しくて、セリカは癒された気分になった。
「うん…ありがと。今度頑張ってみる」
エリカも応援してくれてる。そう思ったら心強かった。
(早く言わなきゃ…もう、こんな時間)
「セリカ、そろそろ電車無くなるし、駅まで送ろう」
思った途端、士朗が口を開いた。
「あ…」
決心がつく前に、タイムリミット。
恐れていた事の一つだった。
士朗は既に立ち上がり、セリカの前を通って玄関に向うドアを開けようとしていた。
が、なかなか動こうとしないセリカを不思議に思ったのか、彼女の前まで戻ってくる。
「どうかしたか?」
セリカは俯いたまま動かない。
(言わなきゃ…今言わなきゃ)
「何かあったのか?」
「……何も無いから、困ってるんじゃない…」
「…?」
彼は未だに、自分の想いに気づいていない。
こんなに苦しいのに…こんなに思い悩んでいるのに。
そう思った瞬間、セリカの中で何かが弾けた。
「士朗君…──キス、して…?」
「──は…?」
セリカの唐突な願いに、士朗は硬直してしまう。
今…なんて言った?
理解するまでに数秒を要した。
「な…なんでまた…」
「だって、一度もしてくれた事ないじゃない…」
セリカは顔を上げてはいたが、士朗の方は見ていなかった。
伏せ目がちに斜め下へ目線を向け、か細く続けた。
「それどころか、まともに手を繋いでくれた事すらないじゃない…」
「セリカ、それは」
「ねぇ士朗君…あたし達、本当に、恋人同士なの?あたし達、本当に好き合ってるの?
そう思い込んでたの、あたしだけなの?」
言っている内にどんどん興奮してくるのがわかった。
胸の中に溜め込んでいた、今までの苦しみが、思い詰めていたものが、葛藤が、止めど無く溢れて来る。
「一緒にいるだけで楽しいよ。士朗君の傍に居れて、声が聞けて、それでも良いの…でも」
もう目線を逸らしてはいない。
感情の高まりで溜まった涙が流れるのを堪えながら、セリカは真っ直ぐ士朗を見ていた。
「でも、でも、やっぱり、それだけじゃ…辛いよ。確かなものが欲しいの…」
「セリカ…」
「…」
言いたい事を言い終わり、興奮が少しずつ冷めていくにつれ、自分の言った事が物凄く恥ずかしい事のように思えてきた。
セリカは再び顔を伏せてしまう。
士朗の動きを待つが、彼も先ほどから微動だにしない。
ただ彼からの視線を感じながら、セリカは後悔の渦の中に居た。
言ってしまった、自分の想いを。
士朗は動かない。何も言わない。
今、どんな表情で自分を見ているのか…それを確認する事すら怖かった。
「セリカ」
ようやく士朗が口を開いた。
「──今はまだ、その時ではないと思う…まだ早い、もっとお互いを良く知ってから─…」
拒絶の言葉。セリカの胸に深く突き立った。
「…二年も、一緒に居るのに?」
彼女がやっとの事で紡ぎ出した声色は震えていた。
「二年も一緒に居るのに、分かり合えてないの…?あたし達…」
「年数じゃない…なんて言ったら良いんだ…」
困惑する士朗──…確かに、今は彼の思いがわからない。
「士朗君、あたし達、もう駄目なのかな…?」
セリカの問い掛けに士朗が答える。
「……セリカが、そう思うなら…」
「──!!」
否定してくれると思っていた。
そんな事はないと、駄目な事はないと、言ってくれると思ったのに…
「─もういい」
「セリカ…?」
「もういいよ…もうわかった。あたし、帰る」
セリカは自分の荷物を乱暴に引っ掴み、すくりと立ちあがる。
自分が今どんな顔になってしまっているのか──想像もしたくなかった。
士朗の顔も見たくない、ただ今すぐ、この苦しさから逃れたくて─
足早に玄関へ繋がるドアへ向かう──セリカの動きが止まった。
士朗が彼女の後ろ手を掴んで引き止めている。咄嗟の行動だった。
「──どうして止めるの…?」
「…」
止められなかったら。
今この手を離してしまったら、一生分かり合えない気がしたから…
もう一生、会えない気がしたから。
「あたしが、泣いてたから?」
士朗が自分の想いを伝える前に、セリカが堰を切ったように話し出した。
「泣いてたから引き止めたの…?!そんなの、優しさでもなんでもないよッ…!」
「違う、セリカ」
「もういいよ、離して…もうやめて…!」
「セリカ、俺は」
「ありもしない望みに、期待なんかさせないでよ…!」
「…!」
「もう嫌だよ…もう、やだ……」
堪えていた涙が再び溢れ出した。もう我慢は出来なかった。
「セリカ…!」
士朗は唐突に、掴んでいた彼女の腕を自分の方へ引き寄せた。
「きゃッ…!」
立ったままだったセリカはバランスを崩し、そのまま背中から士朗の胸の中へ倒れてしまう。
勢いよく彼の胸にぶつかり──どす、という鈍い音がした。
並の人間なら苦痛にうめいている程の衝撃だ。
「し、士朗君、ごめ…」
士朗に謝ろうと、彼の方を振り仰いだ瞬間。
セリカの唇に、柔らかく暖かい士朗の唇が重なった。
「!─…」
驚きで固まっているセリカ。
士朗は彼女が落ちつくまで、包み込むように唇を重ね続けた。
「──すまない、結局は俺が臆病だっただけだ」
「士朗君…」
セリカを胸に抱いたまま、士朗はぽつぽつと自分の胸の内を語り出した。
「大切にしてるつもりだった。…本当は、お前を失うのが怖かったんだろうな」
「…」
「自分から触れて、お前を汚したくなくて…」
(ホントに…)
エリカの言った通り、士朗もセリカと同じ想いを抱いていた。
「それが結果的に、セリカを傷付ける事になっていたなんて…思いも、しなくて」
「……」
「すまなかった」
セリカを抱く士朗の腕に力がこもる。
微かに息苦しくなったが、セリカにはそれすら心地良かった。
「士朗君、あたし達、まだ大丈夫だよね…?」
「あぁ、勿論だ」
「…じゃぁ…」
「…セリカが良いのなら……いや、」
未だに自分の想いを彼女任せに正当化しようとする士朗の理性。
もうセリカを傷つけたくは無い。
士朗は、抑えつけていた理性を解放した。
「俺が、欲しい」
この時だけで良い。
この一時だけ、彼女の望む通りに。自分の想う通りに。
互いの想いは一緒なのだから…──
白く清潔に敷かれたシーツの上に、セリカの明るい色の髪が散らばる。
長い髪を二つに結い上げた彼女の顔は、歳よりも幼いイメージを与える。
しかし今、横たわる彼女は想い人の愛撫を待つ大人の女性の表情を持ち、そのギャップに異様な妖艶さを感じてしまう。
そんなセリカの顔から目線を外し、士朗はゆっくりと彼女の上着に手を掛ける。
夏らしい薄手のブラウス。ボタンを外した下にはすぐに、下着に包まれたセリカの胸が覗いている。
普段の士朗なら、すぐにやめた行為だったかもしれない。
だが今は、理性よりも本能が先に働いている。
セリカの身体に触れたい。
「──士朗くん…」
切なげに彼を呼ぶセリカの甘やかな声に応える様に、士朗は彼女の服を脱がし続けた。
薄いピンクの清楚な下着を外し、ふっくらと隆起したセリカの胸が露わになる。
初めて間近で見る、健康的な色に日焼けした彼女の形の良い胸。
しばらく見惚れていると、不意に細い腕で隠されてしまった。
「そ、そんなに見たら、恥ずかしいよ…」
了承した行為とはいえ、自分の裸の胸をまじまじと見つめられてしまっては羞恥が先に立つ。
士朗はそんな彼女の腕をそっと握り、ゆっくりと開いていく。
「…あッ」
再び露わになった胸に、士朗が軽く唇付け離れた。
初めて触れられた、初めての感触に、セリカは過剰に反応してしまう。
──きっと、好きな人だから…
一瞬で離れてしまったのが寂しい。もっと触れて欲しい。そう思った。
その想いが通じたかの様に、士朗の大きな手が彼女の胸を包む様に伸ばされた。
ゆっくりと、遠慮がちに揉みしだかれる感覚に、思い切り触れられるよりももっと敏感に感じてしまう。
「ん…ッ」
自分から彼の首を抱き引き寄せ、自分から唇付ける。
そうでもしないと、こんな簡単な愛撫なのに──いきなり飛んでしまいそうだった。
引き寄せられるまま唇付けた士朗の唇は、そのままセリカの顎を、首を這い、鎖骨をなぞる。
「ふ、ぁ…ぁん…」
快感の声を抑える術が無くなり、与えられるままに軽い嬌声を上げるセリカ。
士朗は不意に、彼女の鎖骨辺りを強く吸い上げた。
「んッ…し、しろうくん、痕、残っちゃう…」
「…もう残った」
「ば…ばかぁ… 肩出る服、着れないじゃない……んッ」
セリカの文句に、士朗は構う事無く唇の愛撫を続けていく。
ついに胸の頂にまで到達し、そのまま微かに膨らんだ桜色の蕾をゆっくり口に含む。
「ぁ…ん」
セリカの切ない喘ぎ声。
その艶やかな声に誘われる様に、口に含んだ蕾を軽く吸い上げてみる。
「ッ…あ、士朗くん…ッ!」
緩やかだったセリカの反応が激しいものへと変わっていく。
もう片方の胸も手で愛撫され、徹底的に責められ徐々にセリカの身体が上気しだしている。
そんなセリカの反応に触発されるかのように、士朗の手も少しずつに積極的になっていった。
胸に触れていた手の指の背で、セリカの肌を擦りながら下半身へ移動させる。
まだ脱がされてないスカートの裾を、太腿を撫でながらたくし上げていく。
腿の柔らかさを楽しむかの様な士朗の手は、少しずつセリカの内股の方へ向かって進んでいく。
「…ッ!そ、そこは…」
どこに触れられるのか、咄嗟に察知したセリカが恥じらいの声を上げる。
「だ、だめ…」
拒絶の言葉とは裏腹に、セリカは足の力を抜いていく。
士朗の指がゆっくりと、下着の上から彼女の中心に触れた。
「ッ…!」
声にならないセリカの反応。
身体は敏感に、軽く腰を浮かせてしまう。
触れられた事のないところばかりを愛撫され、充分に感じていた彼女は既にその部分を濡れそぼらせていた。
自分の愛撫で、セリカが悦んでいる。
その事実が、士朗にはたまらなく嬉しかった。
自分で良いのだと、好きでいられているのだと実感できる。
スカートのホックを外しファスナーを下ろし、セリカの腰を抱き上げ浮かせて引き抜く。
下着にも手を掛け、脱がそうとすると彼女から腰を動かし、脱ぎやすくした…ような気がした。
一糸纏わぬ姿になったセリカに再び覆い被さろうとすると、彼女から軽い静止の声がかかった。
「士朗君…ちょっとまって…」
「…なに?」
「ねぇ…、あたしだけ裸なの、恥ずかしいよ…士朗君も、ね?」
「あぁ…そうだな」
士朗はセリカから身体を離し、シーツを引き寄せ彼女に掛ける。
ベッドの縁に腰掛け、纏った上着を脱いでいると、じっと見つめるセリカからの目線を感じた。
「セリカ…何見て」
「そういえば、士朗君のそういう姿、見るの初めてかも」
居合をやっていると聞いている。
適度に引き締まった逞しい胸板や腹筋。
頼り甲斐のありそうな、意外に筋肉のついた、でも太さを感じさせない腕。
士朗の身体は、美しいと言って言い過ぎない程の均整を保っていた。
「セリカ…あまり、その…」
先ほどセリカが見つめられて恥らった気持ちを、士朗は身をもって感じる事になっていた。
視線に耐えながら作業を続けていると、セリカの方から声がかかった。
「ねぇ士朗君、今度、一緒に海かプールに行こうよ」
「そうだな…行くか」
「ホント?!絶対だよ!」
「でも、今は…─」
脱衣し終わった士朗は、はしゃぐセリカのシーツを取りながら再び彼女を白の海へと沈めていった。
士朗は再び、セリカの身体を上から順に愛していく。
先ほどよりももっとゆっくり、しかし積極的に。
彼女の声も徐々にトーンアップしていく。
下半身へ移動した士朗の指が、初めて直にセリカの中心に触れた。
「ッ…ふぁ…」
ただそれだけで、彼女の花からは蜜が溢れ出してくる。
微かな水音をたてながら、士朗の指がゆっくりと侵入してきた。
侵入者は、彼女の感じる場所を探る様に動き、折れ曲がる。
「んッ…は、ぁ…しろうくん……きもち、いいよ…」
「セリカ…」
もう、理性の箍は無い。抑えるものは何も無い。
士朗は充二分に濡れ、熟れたセリカの秘部から指を引き抜き、足を開かせる。
「あ…み、見ちゃやだッ…」
自分の、恥ずかしくなった箇所を直接見られるのを怖がるセリカ。
彼女の気持ちを察し、士朗は目線をセリカの顔に移す。
「わかった。見ないよ」
「ありがと…士朗君、優しいね」
熱に浮かされた様にほんわり微笑むセリカは、この上無く可愛らしく愛らしかった。
「セリカ、そろそろ…良いか?」
問われたセリカは、その言葉の意味を理解しぱあっと頬を染め─
小さく頷いた。
部屋の照明は薄暗かったが、士朗は慌てずゆっくりと、セリカの場所を探り当てる。
思わず行きかける目線を外しながら、ゆっくりと。
くすぐったい程の彼の優しさに、何時の間にかセリカの目にはうっすらと涙がたまっていた。
愛しい彼自身が、自分の中に入って来る。
「くぅッ…」
思わず苦悶の声を上げてしまう。
セリカは反射的に離れようとする士朗の身体に自らしがみ付き、引き止めた。
「おねがい…ッ、やめないで…」
「セリカ…」
「続けて、ね、おねがい…」
彼の優しさを痛いほど知っていたから。
自分の身を案じて行為をやめてしまいそうだったから─
「─わかった」
そんなセリカのいじらしい想いを、士朗は全身で受け止める事にした。
セリカの中に、自分自身をゆっくりと沈めて行く。
動きたくなる衝動に駆られながらもその欲望を抑え込み、彼女を想う事だけを優先した。
「…ん……は、あぁ…」
行為に慣れてきたセリカの声は、始めよりも随分やわらかい物になっていた。
「しろう君、動いても良いよ…?もう、大丈夫みたい」
「いや、でも…」
未だセリカの身を思って自分の欲を抑え込む士朗。
それがセリカには辛かった。
「士朗君だけ我慢してるの、おかしいよ…一緒に、きもちよくなろ…?」
彼女の言葉は、まるで誘惑の呪文の様に士朗を動かした。
彼はセリカの腰を抱き、より深く自らを沈める。
「ふぁッ…!しろうく……ッ!!」
ビクッと、セリカの身体が反応する。
「だいじょうぶ…だいじょうぶだから、もっと…」
「…セリカ…」
少しずつ激しくなる士朗の動きに、セリカも徐々に同調し激しく求め始める。
「くはッ、あ…あぁッ、やぁ…ッ!あッ…!」
「……セリ、カ…ッ」
「ッあああぁぁ、士朗───ッ!!!」
「ッ……!!」
セリカが達する直前、士朗は自分のそれを引き抜き、情熱の証で彼女の身体を飾った。
二人の想いは、この時完全に一つになっていた───
翌朝。
そのままで一夜を明かした士朗とセリカは、どちらかとも無く目覚め、朝の支度を始めた。
お互いの顔をみるだけで昨晩の事を思い出してしまい、お互い直視出来ないでいた。
その初々しさも恥ずかしく、会話も弾まない。
そんなまま、玄関先で別れの挨拶をするまでにいたってしまった。
「…士朗君」
「あ…」
勇気を振り絞ったセリカの言葉。
続けて出てきた台詞は、いつもの太陽のような笑顔からだった。
「約束…海かプールに行くって約束したの、絶対行こうね」
セリカの台詞を聞き終わるや否や、士朗は彼女の腕を取り引き寄せ抱き締めた。
開けた玄関のドアがゆっくりと閉まっていく。
突然の抱擁に驚くセリカをしっかり抱き締め、士朗はその耳元で囁いた。
「─セリカ、愛してる」
初めて紡いだ、その言葉を──
END